「挫折禁止」と言う看板のある音楽室
一体何を言っているのかと思われそうなタイトルですね🤣🤣
これまでにも何度か書いてきたとおり、私は高校時代、吹奏楽部に所属していました。
今回はちょっとした部活関連の話になります(部活動そのものはあまり関係ないんですが)
高校卒業後札幌の専門学校に通っていた私は、ある日の下校中に街に寄った時に「挫折禁止」と書かれたギャググッズを見つけました。
それは車のリアガラスに貼り付ける看板で、後続車にちょっとした笑いを提供する的な目的で作られた(の??😅)もの。
左折じゃなくて挫折ね……っていう😂
看板には「orz」の体勢をした人に赤斜線が引かれた絵が描かれています。
高校卒業の1ヶ月後くらいに私は運転免許を取得しており、中古の小さな軽自動車を所持していました。
地元じゃこんなのが売っているお店なんてないし、私は何となくそれを気に入ってしまい、購入して早速マイカーのリアガラスに貼り付けました。
信号待ちでバックミラーを見るのがとても楽しかったです(実際ガン見したり笑ってるドライバーさん多かったです🤣🤣)
ある時私は、母校の吹奏楽部に遊びに行きました。
現物をすぐに見せたんだったかまず話をしたんだったか…はっきりとは覚えていないのですが、私は顧問の先生に挫折禁止の看板の存在を伝えました。
おそらく、「先生!札幌にこんなの売ってたよ!」とか言って🤣
そうしたら先生から
「その看板、吹奏楽部に譲ってくれないか」
というような事を言われまして🤣
愛する部の為なら!と私は即OKし、挫折禁止の看板は吹奏楽部にプレゼントする事にしました。
あの頃の私は、人から何か欲しいと言われると何でもすんなりあげていた気がします😅
その看板は音楽室の壁に貼り付けられ、部員達のやる気を引き出していたようです🤣
当時の後輩達も、あの面白い看板をとても気に入ってくれていたと記憶しています。
先生は数年後に他校へ移られ、私も部に遊びに行く事もなくなり、そして長い長い年月が経ち…
昨年の秋頃に私はFacebookで、何十年ぶりに顧問の先生と再会しました。
色々な思い出話に花が咲きましたが、先生も「挫折禁止」の看板の事をおぼえていてくれて、自然とその話にもなりました。
あれからもう何十年も経っているので、さすがにあの看板はもうないだろうなぁと私は思っていたし、先生も母校を去ってかなり経っているので行方は知らない様子でした。
そして先日の話なんですが、先生からとある写真が届きました。
母校の高校に現在お知り合いがお勤めだそうで、撮って来てくれたと…


「挫折禁止」の看板は、なんと今現在も音楽室に貼られていました🤣🤣🤣
しかも何十年も経っているはずなのに、かなり綺麗なんですよね。
部員の子達がお手入れをしてくれていたのか何なのか……年月を考えると、さすがに手つかずではここまで綺麗さを保てないような気がします。
だって、この看板を部室に置いてきた時、私はまだ20歳前後だったはず。
ヘタしたらギリギリ10代だったかもしれません。
もう、ウンじゅうウン歳のおばさんですから…
看板をよく見ると「後続車に捧げるラプソディー」って書いてありますね🤣🤣
この写真が届いた時はかなり感動的でした。
まさかまだ残っていたなんて…と。
先生にも、撮影して下さったお知り合いの方にも感謝です。
そして長年ずっとこの看板を、捨てたりする事無く大切にし続けてくれている見知らぬ後輩達にも感謝。
今でもこの看板が、後輩達の背中を押しているのかと思うと嬉しいです(本当に背中を押しているのかどうかは謎ですが)
いつの日か「挫折禁止の元所有者です!」と言いに行ってみたいですね🤣🤣

素の自分になれる時間を大切に
趣味として音楽をやり始めて、もう数十年経つわけなんですけど…
それ以外に、そんなに長期間続いている趣味はありません。
何十年もの時が経てば、やり始めた頃と同じような状況でいられるわけはなく。
当たり前ですがその間には様々な出来事がありました。
音楽関連そのもので言えば、
手探りで始めたアカペラや、ネットへの歌唱の投稿、多数の音楽家さんとの出会い、ユニットの結成に歌い手さんや作曲家さんとのコラボ、オリジナル曲制作、ここ最近でやり始めたボカロetc…
その間にアカペラとユニットはどちらも活動終了。
現実面では…
音楽を始めた本当に最初の頃、私は就職難で大苦戦。
色々な理由が重なり夢を諦めなければならなくなり、そんな時恩師が社長を務める会社で雇って下さる事に。
任期満了後また別の仕事に就くも、社長が夜逃げをするというドラマでしか見た事ないような体験をし…😅
急に無職になり、家族の勧めで人生2度目の専門学校へ進学。
学んだ分野で仕事に就き、その間に結婚。
退職後、長年住み慣れた札幌を離れ、マイホームの購入や家族が増えたり、体調が大きく変わったり…
人生で一番大きな環境の変化を体験。
そして今に至るような感じでしょうか。
様々な制約はあれど、それでも今も尚趣味としての音楽をずっと続けている状況ですが、
それはとても簡単に言えば「好きだから」なんですけど、そこにプラスして今は「自分の気持ちの平穏を保つため」というのもあるように思います😅
音楽に関する作業…作詞や作曲もそうだし、過去曲のリアレンジだったり、何なら曲に関する動画制作でさえもですが…
そういった所に触れていられる時が、自分が一番素の自分でいられる時間になっています。
よく、テスト前日なのにそう言う時に限って部屋の掃除が捗ってしまう、みたいなのがあると思うんですが、まさに私は今それが連続している気がします🤣🤣🤣
と言っても現実を見る事が出来ていないというわけではないですが💦
何かやらなきゃならない事がある時ほど、趣味など全然別の事に走りたくなってしまうのは一体何故なんでしょう😅
でもそういう時間があるからこそ私は、現実世界の自分の使命を果たしたり、試練や苦難的な出来事に挑む事のモチベーションに繋がっていると強く感じます。
そんな言い方をすると危険な人みたいに思われそうですが、決してそういう意味ではないです🤣
この記事で何を言おうとしているのかというと…
好きな事をやる時間ってとても大切だよね、っていう事。いや当たり前のことなんですけど。
例えば、私もそうですが絶賛子育て中の女性!自分の時間なんてない!!みたいな立場の人だとしても、10分でも20分でもいいから是非素に戻れる時間を確保してほしいと私個人としては思います。
何も悪い事じゃないし、むしろ必要で大事な事だよなぁと思います。
特に音楽関係ない話になってますけど😅
私はと言うと、先日までユニットSky Blueの卒業ソング紹介動画を2つ制作していましたから、そろそろまたボカロ制作でもしていこうかと考えている所です。
過去曲をリアレンジするか、新曲を作るか…
まだ考えていませんが、そういう事を考えると言う行為ですら、素の自分に戻れる瞬間だと感じます。
何だか普段の自分が偽りみたいな言い方ですが🤣🤣🤣
生活に奮闘している自分ももちろん本物です😅
これからまた現実世界での試練を一つ一つこなしながら、音楽作りに没頭していきたいと思います😁

飛行船を追いかけていた頃
今日は、基本的に音楽とは無関係なんですが完全に無関係というわけでもないお話をします。
いつかの記事でもちらっと書いたんですが、私は飛行船が好きです。
おかしいという程ではないにしろあまり一般的でもない、ちょっとマニアックな趣味かなぁと自覚しています。

飛行船と言うと、一昔前というイメージの方が強いかと思います。
最近では本当に見なくなりましたよね。
それもそのはずで、2024年現在の日本には、パイロットが乗って操縦する有人飛行船の存在はゼロです。
直近だと2022年の春頃に約2ヶ月間だけ、有人飛行船が日本の空を飛んでいた時期がありました。
「新スーパードライ号」という飛行船。
昭和の時代にも飛んでいた、アサヒのスーパードライ号という飛行船の現代版です。
LOOK UP! JAPAN #空飛ぶスーパードライ情報局 | SUPER DRY CHANNEL - スーパードライチャンネル
そしてその前は、2016年いっぱいまで、スヌーピーの大きな絵が描かれた飛行船「スヌーピーJ号」が存在していました。
2010年だか2011年だったか…辺りから運航されていたはずです。
このスヌーピーJ号は、1年をかけて日本全国を縦断していました。
なので、もしかしたら見たことがあるという方もいらっしゃるかもしれませんね。
(写真は私が2015年に北海道で撮影したものです)

私は子供の頃から飛行船が大好きでした。
子供の頃、実家の上空に突然現れた飛行船(Konica)を見て衝撃を受けてから、大好きになりました。
2011年に札幌で初めてスヌーピーJ号を目にし、その翌年辺りから、私は本格的に飛行船の「追っかけ」を始めました。
と言っても全国とかじゃなく、私の住む北海道に飛行船が滞在している期間のみですが。
北海道の滞在期間は、毎年春〜夏にかけて。
約2ヶ月程度、長いと3ヶ月程の年もあったように記憶しています。
私は飛行船がこちらに滞在している期間中、仕事が休みの日は全て飛行船鑑賞に出掛け、行ける日は仕事終わりに係留地まで行って飛行船を見学したりも頻繁にしていました。
それくらい大好きでした。
北海道には飛行船の整備を行う為の施設があり、毎年夏にそこで耐空検査(車で言う車検のようなもの)が実施されていました。
十勝にある大樹町という町に、その巨大な格納庫があります。
札幌からは高速道路を使って約3時間前後くらいでしょうか。
私は大樹町へも頻繁に足を運んでは、十勝の空を飛ぶ飛行船を見ていました。
飛行船を見る為なら、高速代も時間もいくらかけても惜しくなく、睡眠時間もいくらでも削ってどこまでも追いかけていました。
離陸、空を飛ぶ姿、着陸、その後の係留地での様子と、24時間昼夜を問わず本当にいつでも。
飛行船愛を語ったり写真を色々と載せて行くと、私の場合本当にキリがないので…これ以上はあまり詳細な事を書くのは控えようと思います😅本当に恐ろしいくらい止まらなくなるので…
とにかく、そのくらい飛行船が大好きで大好きで、異常なくらい飛行船が大好きでした。
私が作曲活動を始めたのが、ちょうどスヌーピーJ号を見始めたのと同じくらいの頃。
その思いを形にしてみたくて、2013年に「飛行船を追いかけて」という曲を作りました。
その翌年、スヌーピーJ号は船体のデザインチェンジがあり、そのタイミングに合わせて「飛行船を追いかけて-2014-」という新バージョンを作りました。
さらにその翌年2015年辺りの事だったか…
この「飛行船を追いかけて」という曲を、実際にスヌーピーJ号のスタッフ(クルー)の方や、パイロットの方が聴いて下さっているというお話を聞きました。
それは私にとってはあまりにも予想外で衝撃的でした。
制作中は不思議と「クルーさんがいつかこの曲を聴いてくれますように」等と思った事って一切なくて、元々そういった事を想定したり願って作っていたわけではありませんでした。
というか、それは私にとってはあまりにも現実離れしている事過ぎて一切頭になかったと言うか…全く考えた事がありませんでした😅
まさかクルーさんやパイロットさんに届いているとは想像もしておらず…
普段私は係留地へ行ってもクルーの方には必要がない限り近づく事はなかったのですが、その時ばかりはお礼を伝えたくて、係留地へ行った時にクルーの方に
「『飛行船を追いかけて』を作った、パッチと申します」
と話しかけました。
クルーさんは大変歓迎して下さいました。
パイロットや他のクルーにも聴かせていますよ、と教えて下さって。
飛行船グッズをくれて、記念写真も撮影させてくれました。ここには載せませんが😅
後日…というか正確に言うとさらに翌年の事だったかもしれませんが(もう記憶がだいぶ曖昧です😅)係留地で、今度はパイロットさんにお会いする事が出来ました。
パイロットさんからは
「あなたにお会いしたかった」
と言われ、大感動でした。
本当に「飛行船を追いかけて」を作って良かったと強く強く心から思いました。
そもそもは私があまりにも好き過ぎて勝手に作っただけのものでしたが、こんな形でクルーさんやパイロットさんに曲が届いて、直接メッセージを受け止める事が出来る、そんな経験はごく普通に生きていたら絶対に出来ることではなかったと思います。
クルーは外国人さんも数名いらっしゃいましたが、「飛行船を追いかけて」を聴いて大変喜んで下さっていました。
日本語の歌詞が全て理解できているのかはわかりませんが…そんな事はこの際関係ないって思いましたね🤣
私も英語を話す事は出来ないんですが、簡単な英単語とジェスチャーでいくらでもコミュニケーションは取る事が出来ました。
私が大好きな音楽で大好きな飛行船の曲を作り、それが本物の飛行船にしっかりと届いていた。
音楽も飛行船も、私にこの上ない素晴らしい経験をさせてくれたと思っています。
日本での飛行船の活動は終了し、今現在クルーさんやパイロットさん達はどこで何をしていらっしゃるのか…
どうかお元気で過ごされていてほしいと心から願っています。
そして、いつの日かまた日本の空を飛行船が飛んでくれる事をいつまでも夢見ています。
Sky Blue/Melody
実は、一週差で卒業ソングをもう1つ公開していました。
「Melody」
作詞:パッチ
作曲:Sky Blue
編曲:パッチ
「Melody」は2011年2月に公開された、Sky Blue(SB)の第5作目の曲でした。
この曲は私にとって、SBの中でもちょっと特別な1曲です。
当時私は専門学校生で3月に卒業を控えていたのですが、その時のクラスメイト全員と担任の先生にサプライズでCDとしてプレゼントした曲でした。
(専門学校生と言っても社会人経験をしてからの入学だったので既におばさんでしたけど🤣)
コンポーザーの龍徹さんから元々新曲候補として頂いていたデータがいくつかあり、その中の一つがこれでした。
普段SBの新曲を私が先行して決めるという事はなかったのですが、クラスメイト達に是非プレゼントしたいという事で龍徹さんにお願いし、作らせて頂いた形です。
「作曲:Sky Blue」としていますが、私が作曲したのは大サビの部分のみなので、実質99%くらいは龍徹さんの作曲です🤣
「作曲:龍徹」でも良いくらい。でもそれだと真実ではなくなってしまうので…😅
SBの全曲中2曲を私が作詞しているのですが、「Melody」はそのひとつになります。
この時の私はまだ作詞経験がほとんどなくて、完全なる初回ではないのですがほぼ初挑戦みたいなものでした。
卒業ソングにありがちな、ありきたりなワードばかりが並んでいて、今振り返ってみると未熟さを強く実感します💦
序盤に「レンガ色のキャンパス」という歌詞がありますが、これは現実とリンクさせていて、当時通っていた学校の校舎が全面レンガ造りでした。動画にも反映させている部分です。
先日、こういう記事↓を書いておいてなんなのですが…
今回の音源に関しては、2011年当時のものからいくつかの変更点を加えたリアレンジを行っています。
2011年の音源も私が編曲を行っており、アレンジ面に関しては龍徹さんの手は一切加わっていませんでした。
その事が今回のリアレンジに至った大きな決断要素です。
直接的な理由としては、過去の自分のアレンジを、今の私がどう越える事が出来るのかを試してみたかった、というのが大きいです。
ボーカルだけは、2011年の制作当時にレコーディングしたテイクを使用しています。
歌唱だけは当時の思いがそのまま込められたものを使用したくて、オケのリアレンジはしましたが再レコーディングはしませんでした。
過去のまだ未熟なボーカルとしての私を、さらに大人になった今の私がアレンジ面でサポートしたというような感じでしょうか。
動画はMV的なものをイメージして作りました。
「さよならなんて言えないよ」は無人の校舎というイメージに沿った内容にしましたが、こちらはがらりと変えてSBの2人にたくさん出演してもらった感じです😁
白いレンガ壁に黒板がドーンとある空間というのも何だか謎過ぎるんですが🤣
余談ですが、黒板に書かれている文字は私が書きました。
環境の問題なのかわかりませんが、ペンタブで文字を書くって、思った方向に線が全然進んでくれなくてとっても難しいんですよね💦
実際の筆跡とはちょっと異なる感じがします。
今回はサムネも個別に作ったものです。
最初は無難に例の白い教室内のイラストにしていたのですが、ひとつくらいとにかく明るい雰囲気のものが欲しいなぁと思って全て描き変えました😄←こういう顔とかの。
それにしても、すぐ隣に並ぶと身長差が凄いですね笑
以前にも書きましたが、SBの動画では2人の身長を実際の数値に合わせた比率で作っています(ジャケ写制作の際に龍徹さんに身長を聞いてから、何となくいつも合わせるようになりました)
身長差は24cmくらいなんですが、実際に並んだらこんなに違うのか…と自分のチビさにビックリします😲
(サムネ↓)

この曲に関しては何より、当時私の希望を快く受け入れて下さった龍徹さんに心から感謝しています。
私がやろうと思う事は絶対に否定せず応援してくれ、尚且ついつも叶えてくれる龍徹さんは、やっぱりスゴイ人だなぁと思わずにはいられません。
彼の優しさがなかったら間違いなく生まれてはいなかった曲でした。
今回公開した「Melody」は、音源も動画も実質「さよならなんて言えないよ」よりも手を掛けている部分が多くある感じなんですが、込めている思いの熱量は変わらないつもりです。
それはSBの曲全てに言える事です。
シーズンもあって一気に2曲更新しましたが、まだまだこれからもSB楽曲のご紹介は今後も続けて行きます。
またこちらでもお知らせさせて頂きますね😊
歌声を維持する
2017年辺りから、私の「歌」に関する環境はどんどんと変化していきました。
所属していたアカペラグループは活動が難しくなり、現在は無期限休止中。
2009年から続いたユニットSky Blueは実質1年前に活動終了。
4年ほど前から私は、生活環境の変化によって歌が容易に出来ない状況に置かれています。
そこにさらに加齢が重なり、長期ブランクもあって、例え今歌う事が出来たとしても以前のようにうまくはいかない事が容易に想像できます😅
というか、うまくいきません💦ホントに。
私にとってそれまで当たり前にあった「歌う」という事
それが一気に離れて行ってしまい、今に至っています。
もちろん環境上仕方ない事です。
何の取り柄もない私にとってとても貴重な「歌」という長年培ってきた力は、出来ればこれからも衰えさせたくないなぁと言うのが本音です(いやもう衰えてるんですけど🤣🤣)
私は、本気でやりたい事は無理やりにでも時間や機会を作ってやりに行くタイプの人間なのですが、今はそれも許されない状況。
だから、本当に歌声を出せる機会というのが、生活の中で皆無に等しい感じです。
例えるなら、大人数でカラオケに行って、歌う気満々なのに待っても待っても自分の順番が回って来なくて歌わせてもらえない。
そういう気持ちに近いかもしれません。
待っているマイクが、数年回ってこない…そんな感じ。
「継続は力なり」という言葉がありますが、Sky Blueのラストソングを制作していた2022年の秋冬頃に、その言葉の意味を痛いくらい実感していました。
というか、「継続しなければ力は失われる」と言った方が当時の私にとっては正しいかな。
ブランクって本当に恐ろしいです。
あんなにも歌えなくなるものかと…
まだわかりませんが、今年以降もしかすると少しずつまた歌の機会作りが出来るチャンスが増える可能性もあって、そうなれる事を信じている所です。
もしそうなったら、昔の感覚を取り戻す為に基礎の基礎からやり直したいと思っています。
特に誰にも望まれている事ではないんですが😅
この先さらに年を重ねて、どう声が変化していくのかという事も私としては気になっている部分です。
この1年くらいの間でなんですが、私は一気に声の質が変わったという事を自分で強く感じます。
年を重ねて老けたというよりは、声が太く低くなった感じ。
普段の話し声は元々どちらかというと低い方なんですが、さらに磨きがかかったような気がします😅
歌声はなるべく老けたくないなぁと思うけど、どうしたって加齢には敵わないのでしょうね💦
Sky Blueなどの歌声が他の方にどう聞こえているのか私にはわからないのですが、想像されるよりは実物はもっともっとおばさんです🤣🤣
歌に限らずですが、どんな事も維持していく為にはとにかく少しでも良いから続ける事が大事ですね。
これからやってくる近い未来が、私にとって良いチャンスとなってくれるよう願うばかりです。

実は元オタクでした
自分が音楽というものに深くのめり込んだのはいつ頃の事だったかと思い返していたのですが…
実は私は、小学校〜中3にかけて、コテコテのアニメ&声優オタクでした🤣
現代ではその世界はすっかり認知されて、オタクと言っても「あぁ、そうなんだね」程度だとは思いますが…
私のハマっていた頃はまだ全く世間に認知されておらず、風当たりも強く、なかなか理解されにくい時代でした。
今でもそういった風潮が全くないわけでもないのかもしれませんが、私の時は非にならないくらいの悲惨レベルでした💦たまたまかもしれませんが。
アニメって主題歌があったりキャラソンがあったりして、音楽は作品にとって切っても切れない存在ですよね。
私は当時キャラソンというものにかなりどハマりした記憶があります。
「このキャラクターってこのキャラクターが喋ってるんじゃなくて、現実に喋ってる人がいるんだ!!」という事実を知った時の衝撃がとても強く、声優さんという存在に大きな憧れを抱くようになったのがおそらく小学校低学年くらい。
声優さんがキャラクターの声で歌っているアニメのキャラソンのアルバムは、当時の私にとってはダンジョンの最深部で見つけた財宝のようなものでした🤣
大好きなアニメのサントラやキャラソンのアルバムはいくつも持っていました。
思えば、私にとってはそこが音楽に深くのめり込んだ最初だったんじゃないかなと。
小学校高学年くらいからはJ-POPも聴くようになったんですが、やっぱり1番はアニメ関連の音楽でした。
そして小6だか中1の頃に、とある声優さんの大ファンになりました。
出演されているアニメは全チェックし、親にお願いしてファンクラブにも入らせてもらう程のハマりよう。
ラジオ大阪で番組も持たれていて、絶対に聴きたかった私はほぼ雑音しか聴こえないその番組を週一で早起きしてまで聴くように(こちらは北海道なので、ほぼ雑音だとしても辛うじて聴けていたのが奇跡だと感じます笑)
今思い出したけど、その番組にハガキを送って2枚ほど読まれた事がありましたね🤣🤣
その方は歌の活動にかなり力を入れられており、キャラソンとか関係なくご自身のアルバムもたくさん出されていまして。
全国ツアーのライブもかなり積極的にされていて、今考えるとスゴイ人だったんだなぁと思います。
本業、声優さんなのに…
もちろん私は、ファンでいた間は地元での公演には全て参加しました。
その方のファンになった事は、音楽に対する私の中の情熱を一気に燃え上がらせた事に大きく繋がったと思います。
カラオケに行ってもその人の歌やアニソンばかり歌っていましたね。
アニオタ・声優オタという事で周りから理解されずちょっと距離を置かれるような事も多かったですが、幸いな事に小5から同じクラスだった友人にも私と同じようにアニオタの子が数名おり、身近に理解者は何人かいたので楽しく過ごせました。
高校に入ってからは部活一筋の日々になっていったので、自然とアニメも見なくなり、声優さんへの熱も段々と冷めて行き、ファンクラブの更新もしなくなりました。
そこからは、以前の自分が嘘だったかのようにアニメからも声優さんからも完全に離れてしまいました。
今の時代にこそあの頃のように燃え上がっていたら、もっとオタクとして過ごしやすい日々を送れていたのではないかなぁ…と想像したりします😅
残念な事に本当に今は、過去の自分がウソのように興味がなくなってしまいました。
元オタクなのでもちろん嫌いではないし、現代のオタクさん達の気持ちもとてもよく理解ができるつもりではいるんですが。
アニメって楽しいよね、声優さんってすごいよね。
そういう事を話す時のワクワク感は、今でもしっかりと記憶に残っています。
そして時々、本当に数年に一回とか、急に好きになるアニメ作品が今でもあったりします。
私が大人になり、完全にオタクを離れてからハマった作品のひとつが「けいおん!」でした。
身近な人達からの勧めで見たのですが、自分でもビックリするくらい、死ぬほどハマりました🤣
あれは大人になってから見たからこそハマれた作品だと思います。
軽音部のストーリーという事で歌もたくさんあり、全曲ではないかもしれませんがほとんどの音源を持っています。
音楽の話というよりは、アニメと声優さんの話になってしまいましたが…😅
音楽にハマったルーツは実はアニソンや声優さんの曲にあった…という振り返りでした。

清き1再生!笑
私の所属ユニットSky Blue(SB)の「さよならなんて言えないよ」を聴いてくださった方がこちらのブログにももしいらっしゃいましたら、どうもありがとうございました😊
当チャンネルの動画の中では、かなりのペースで再生して頂けています。
と言っても他の投稿者様とは比べ物にならないような、本当に小さな小さな数字ですが。
ネットの片隅でひっそりひっそりとやっている私にとっては、十分過ぎるくらいの大きな数字です😊
SBの楽曲に関しては、どこかの誰かにほんの少しでも触れて、知って頂けたら…という思いでやっていますので…
極端過ぎる話、1再生だけだったとしてもとても嬉しい事なんです。
ありがとうございます!
今回の動画がきっかけとなってなのか、詳細はわかりませんが、SBの他の曲もアクセスが少しずつ増えており有り難い限りです。
それぞれの曲達に込められた作り手の思いを、何かしら少しだけでも感じて頂く事が出来ていたら幸いです。
「さよならなんて言えないよ」は、とても純粋でまっすぐな曲だと感じます。
SBの曲の中では、最も人の心の中に自然にスッと入り込んでいく事のできる力を持っていると、個人的には思っています。
だからこそ、実際に小学校の卒業式でも合唱して頂く事が出来たのではないかなと。
15年も前の、世の中のほとんどの人が知らないこの曲を、ネット世界の中では一粒の砂よりも小さいであろう私と言う人間がひっそりと発信した事で、ごくごくほんの一部の人に、15年の時を経て新たな曲として聴いて頂ける。
不思議でとても貴重な機会だと思っています。
だから、たったの1再生だったとしてもとても嬉しいと心から思います。
広い広いネットの中でこのたった一つの動画を見つけ、尚且つ再生して下さった方がいらっしゃるなら、本当にどうもありがとうございました😊
