Blue Sky Music

制作した音楽作品のご紹介やら雑談やら

一時休止します

わざわざ言う必要もないのかもしれませんが…

この場所でお話出来る関連の活動を、一時休止しようと考えています。

と言ってももうすでに休止状態のようなものですが💦

 

実生活が色々と忙しい事と、今現在ちょっと別の事をしている為、このブログでお伝えできるような活動に手を着ける事が難しい状態です。

 

やろうと思えば出来ない事はないと思うし、音楽活動を辞めるといったつもりも全くありません。

ただ、今はそっちの方に集中出来るだけの余裕がないのが事実。

音楽だけじゃなく何でもそうですが、やるならしっかり、じっくりとやりたいタイプなので、それが困難と言うならいっその事一旦ちょっと離れよう。という感じです。

 

色々な事を同時進行でやれるくらい器用なら良かったんですけど…

残念ながらスーパー不器用な人間なので、基本的に一つの事にしか集中出来ないようです😅

 

現実での忙しさに負けて、実際の所最近は体も気持ちも不調続きである事もかなり大きいです。

本当なら今月中に公開しようと考えていた音楽もあったのですが…

しっかりと仕上げる事が難しい状況です。

 

Sky Blueの曲を全てご紹介するという活動も、一旦お休みとしたいと思っています。

そのために立ち上げたブログでもあるので、それが出来ない以上はここで動く事は出来ないので…

ただ、完全に辞めるわけではなく、あくまでお休み、と思っています。

私の方で、諸々の態勢が整った事が確実になったら、また再開しようと思っています。

 

見てる人もいないし、こんな話を今更になってわざわざしても意味ないかな…と思ったのですが、一応礼儀として。

 

また、いずれ戻ります✋

 

Sky Blue/翼

諸々事情あって、既に公開済だったのにご紹介するのをすっかり忘れてしまっていました💦

意思表示もしたのに……orz

 

 

youtu.be

 

 

 

 

私が所属していた音楽ユニットSky Blue(SB)の「翼」という曲です。

SBの4作目で、初公開は2010年9月のようです。

 

1~3作目とは雰囲気が真逆な感じで、すごく簡単に言ったら「暗くて美しい曲」という感じかな。ボーカルの私にとっても大変難しい曲でした。

ロミさんという外部作詞家の方をお招きしての作品でした。

ロミさんの詞と龍徹さんの美しいサウンドが、独特の世界観を生み出していて、それまでのSBになかった素晴らしい楽曲に仕上がっていると思います。

曲には特に一切手を着けておらず、2010年当時の音源をそのまま使用しています。

もしも今の龍徹さんが、この曲をリアレンジしたら……と想像すると、個人的にちょっと鳥肌が立ちます。もちろん良い意味です。

 

この動画のご紹介が遅くなってしまった事にはちょっとした理由があります。

公開から既に1週間以上も経ってしまったんですが、元々予約投稿で設定していたという事と、私自身が音楽とは全く無関係の別の事を同時進行でやっていたから、という理由でした。

最近は、来る日も来る日もそちらの作業関連ばかりになっています。

これまでにはなかった事にチャレンジしている、という形です。

それは音楽ともSBとも一切関係のない事なので、こちらのブログでその話題をするという事はないと思いますが…

挑戦は、いくつになっても出来るものですね🤣

 

かと言って音楽もやめるというつもりは一切ないので、今後また今の生活が落ち着いたら何かしらの形でやっていきたいとは思っています。

 

 

完全に余談ですが、風邪を引いてしまって今声がほぼ出ません😱

昔から4~5年に一回くらい、声が出なくなる風邪を引きます。

鼻と咳も少し出るんですが、なんせ声が出ないのが一番のダメージで、生活にも支障が出まくりです……電話も出来ないし。

声っていうのは本当に大事ですね💦

皆様も、お気をつけ下さい!

 

意思表示

特にここで書けるようなネタもなく、一気に更新をサボっていました💦

 

ネタがないだけではなく、ここ最近は現実の生活でも色々とやる事が多く…

体調もあまり良くなくて、休んでいました。

 

久々にここに来たからと言って、このブログの趣旨に合ったような話題があるのかと言ったら正直そうでもありません😅

 

唯一書けるとしたら…

近々になるか、少し先になるかわからないけれど、ユニットSky Blueの動画は一つ更新すると思います。

今の所出来ているのはそれだけで、あとは手をつける事ができていません。

ボカロ曲でも更新しようか、なんて前回だったか書いた記憶がありますが、全く着手出来ていないのが現実です😱理由は様々あるんですが……

 

一応、今後やろうと思っている事もあるし、このブログの真の目的であるSky Blueの過去曲紹介も、ゆっくりになるかもしれませんが進めて行くつもりです。

特に待っている人は誰1人いないと思うので何も問題はないと思いますが😅、私自身が一度決めた事なので、時間がかかっても全曲をご紹介するまでは続けて行くつもりです。

 

この後さらに忙しくなりそうなので、書けるなら今のうちかなと…

取り急ぎ、意思表示(?)を記しておきました。

 

ワイヤレスイヤホン水没→復活

2回ほど、ワイヤレスイヤホンを水没させてしまった事があります。

2回とも、ここ半年以内くらいの出来事。

ズボンのポケットから出すのを忘れて洗濯してしまいました💦

 

 

ただ、今もその水没イヤホンを使用しています。

 

どう復活させたのかというと、

「ひたすら乾かす」

でした。

 

最初に洗濯機の底から出てきたのを発見した時は、さすがに終わったと思いました。

ですが一度ネットで調べてみると、うまくいけば復活させられる可能性もあるという事を知り…

 

大切なのは、乾く前に動作確認をしない事だそうです。

通電させない事が大事だと書かれていたので、聞こえるのか確かめたい気持ちをグッと堪えました😅

 

そして、そこから丸2日間程テーブルの上に置いて乾燥させました。

付着した水気を拭き取り、ティッシュを広げた上にポンと置いた状態にして。

私の場合ケースごと洗濯してしまったので、ケースのふたも開放して、イヤホンと一緒に放置しておきました。

 

48時間以上経ってから、おそるおそる耳につけてみると…

普通に音が聞こえました😂

聞こえづらさなども全くなく、いつもと全く変わらないイヤホンでした。

 

このような対応を取ったとしても、復活するかどうかは実際運だったり賭けではあるらしいです…

乾かしたからと言って必ず直るという事ではないようで。

 

私の場合は、ラッキーなことに2回やって2回ともセーフだったので本当に良かったです。

そもそも、2回も洗濯してしまうという私の究極のうっかり八兵衛さが問題ではあるんですが🤣🤣🤣

 

 

水没イヤホン復活への道は、

通電させない、2日間ほど乾燥させる

という事が大切だそうです😊

 

 

誰かの音楽に目を向ける事を拒絶し始めた未熟者の末路

 

ダラダラと書くので…

つまらないと思いますが、ごめんなさい🙇

 

 

学生の頃は、週に1〜2回とかのペースで行っていたカラオケ🎤

もちろん大人になってからも、むしろ大人になってからの方がよく行っていたんですが。

いつからだか、そんな過去が全くの嘘だったかのように、ぱったりと行かなくなりました。

一番最近行ったのはいつだか全く思い出せません…

記憶が正しければ、おそらく2017年以降は一度も行っていないと思います。

2017年は、私が所属していたアカペラグループの活動が休止となった年。

カラオケに行くとしたら、アカペラを一緒にやっていたメンバーと行く事がメインだったと思うので……(時々練習でも行っていたし)

 

かと言って、もちろん歌う事に興味がなくなったというわけではないんですが。

それまでカラオケに求めていた楽しさ以上のものを、別の所で得られるようになった事が大きな理由かと思っています。

それは何かと言うと、オリジナル曲制作でした。

 

カラオケに行かなくなり始めた頃の私は、

「誰かの歌を歌うより、オリジナル曲制作をしている方が楽しい。そしてその曲を自分で歌う方が、人の曲を歌うよりも心を込める事ができる」

みたいな、死ぬ程自惚れた意見を持っていました。ど素人のくせに😅

当時の自分は「自惚れで言っているわけではない」と前置きをしていた記憶がありますが、今思い返せばどう考えてもそれは完全なる自惚れですね😱

精神的にあまりにも未熟過ぎだったと思います。

誰も聞かんわ、お前の歌なんか。

って今の私から言ってやりたいです🤣🤣🤣🤣

 

ネット上への歌の投稿(歌ってみた)も2014年くらいまではしていたと思うのですが、「卒業します」等と言ってストップしていました。

それも、同じような理由からだったと記憶しています。

「誰かの歌を歌っても自分の言いたい事は言えない」

等と考えるようになってしまった自惚れた自分が、それまで何不自由なく活動させてもらっていた舞台を自ら拒絶するようになってしまった。

 

と言っても、これらはあくまで当時の話です。

今の私は、環境の問題もあるとは思いますが、歌えるという事の貴重さ・有難さを強く実感しています。

それは誰かの歌だとしても、オリジナルだとしても。

「誰かの歌じゃ…」という考えそのもの自体がまずとてもつまらない拘りだなと感じます。

せめて言うのなら実力が伴ってから言え、と思いますね😅

若気の至りってやつでしょうか。当時すでに若くはなかったんですけど、精神が子供並みだったなと思います。

 

ただ、当時自分が考えていた事って100%全てが間違いかと言ったら、そういう事ではないと思うのも事実です。

意見そのものは決して間違いと言う事はなく、ボーカリスト含め音楽家だったら「自分が作った曲で思いを伝えたい」と考える事はごく当たり前、ごく自然な事だと思うので…

私のようなものが、身の程も弁えずに堂々とそういう大きな口を叩いていたのが間違いというだけの話ですね🤣🤣🤣

 

何故なのか…今となっては不思議なのですが、あの頃の私はオリジナル曲制作にハマった事で、他の誰かの制作物(プロアマ問わず)に目を向ける事をしなくなっていきました。

よくよく考えると投稿をやめた2014年は、私の所属ユニット「Sky Blue」の例の事件があった年。

(詳細→Sky Blueについて② - Blue Sky Music

事件は直接的な原因では全くないですが、この時期の私は、今冷静に振り返ってみると音楽制作に対する意識の中の何かがおかしくなっていたような気がします。

良く言えば「意識が高まって集中していた」のかもしれませんが、悪く言えば「ただ暴走していただけ」のような気がします。

 

「歌ってみた」を投稿する事もなくなり、カラオケにも行かなくなり、歌う機会そのものを自ら削る道を歩む事となった私は、色々な意味でいくつかのものを気づかないうちに失っていったと思います。

今思い返せば、誰かの曲に耳を傾ける事を辞め、歌う事を辞め、自分で曲を作ると言う事ばかりに集中していた時期の私が制作したものは、それまでにはあったはずのプラス要素までもがそぎ落とされてしまっている気がします。

 

その後現実の忙しさも重なり、気持ちも段々と向かなくなって、制作そのものをしばらく休んでいました。

いつかの記事にも書いたとおりで、私はどんなに忙しくても本気でやりたい事だったら自ら無理やり時間を作り出してでもやりに行くタイプです。

それも全くしていなかったので…

音楽自体を一度完全に辞めてしまった形です。

あんなに毎日のように朝から晩まで歌ったり作ったりしていた、なくてはならない趣味だったのに。

 

2017年、アカペラグループが活動を休止した事で歌う機会がなくなってしまった事は事実ですが、それでも本気で歌いたい気持ちがあるなら出来た事はあったはずなんですよね。

「ブランク」なんて言葉で綺麗にまとめたような言い方をしてきましたが、詳細を言えばそういった背景から生まれた空白期間だったと思います。

 

思えば2014年~2017年の間は、私にとって大切なもの達がいくつも離れて行った、別れの時期でした。

Sky Blueもアカペラもそこに含まれます。

プライベートや他の趣味関連でも、本当にびっくりするくらいいくつもの「別れ」を経験しました。

そういった事の積み重ねで、自分でも気づかないうちにマイナス思考になっていた部分は少なからずあったと思います。

アカペラ休止後に始めようとしていた新たな音楽活動もあったのですが、それもうまくいかず…

いつの間にか私は取り残される形となっていきました。

私が一旦音楽から完全に離れてしまった事には、そういう背景も理由の一つとして大きく存在していたと思います。

 

今はあの頃からは比べ物にならないくらい気持ち的には落ち着いていて、また、音楽への情熱も再び持つ事が出来たからyoutubeチャンネルやこのブログも開設しました。

むしろ今現在の方が以前よりも環境的に制約が厳しいはずなのに、今の方が精神的にはアクティブにやれているような気がしています😅

何事も気持ちが大事、気持ち一つで何でもやれるし、何も出来なくもなるのだという事を実感します。

 

音楽を再開しようと思った明確なきっかけは特になくて、単純に「やっぱり私は音楽をやりたい」そう思えたからだったと記憶しています。

環境の変化で歌唱が難しくなった事で選んだ手段として、ボカロ曲制作から再開し始めた形です。

それが2022年の事でした。

2022年は練習、リハビリも兼ねていくつかの過去曲をリメイクする形でボカロ曲を投稿しました。1曲だけ自分でボーカルを入れたものもありました。

そうして同年の秋にはSky Blueのラストソング制作のお話も頂き、期間限定的な感じでしたがユニットの活動も8年を経て再開。

2022年は、一気に音楽が戻ってきた年になったなと思います。

 

そうして今に至っている形ですが、これもまたいつまで続くものなのかは全く分かりません。

ただ、絶対に意味があってまた私は音楽をやらせてもらう事が出来ていると思うので、もう以前のような自惚れだったり、しょうもない拘りを持つ事をせずに、あらゆるものに目を向けて勉強させて頂き、感謝を忘れず様々な事を自分の糧にしていけるような、謙虚なやり方を続けて行きたいと思っています。

歌は、やはり環境的に今は容易に出来ないですが、なるべく機会を作って少しでも継続していけたら。

年齢も年齢で色々と難しい部分も出てくると思うのですが、自分の体が許す限りは続けて行きたいです😊

 

 

多分このブログ史上最長の記事になったと思われます💦

おそらくもうほとんどの人がついてきていないと思いますけど🤣🤣🤣

超長文超駄文で本当に申し訳ありませんでしたm(__)m

 

 

 

13年前の今日とその2日後

3.11 東日本大震災の日

 

私は当時通っていた専門学校を3/7に卒業し、3/11はたまたま実家に帰省していました。

(ちなみに3/7は私の誕生日です。まさか卒業式とかぶるとは大きなサプライズでした🤣🤣)

 

自室でPCをいじっている時に、何だか気持ち悪いと思いました。

その時点では私は、揺れというよりは目が回るような気持ち悪さを感じており、単純にめまいがしたのかと最初は思いました。

少ししてから血相を変えた母が部屋に入ってきて、東北で震度7地震が発生した事を知らされました。

 

私の地元は、太平洋沿いにある港町の苫小牧という所です。

この町が(一応市なんですけど)全国的に知られているのかいないのかあまりよくわからないんですが…

EXILEショーキチさんの出身地、また田中マー君が通っていた高校がある所です。

 

私が帰省している間に、苫小牧にも津波が押し寄せ、港が水没しました。

恐怖でしかありませんでした。

この町の形状は横長で、ざっくり言うと海と山に住宅地が挟まれるような形になっています。

場所によってその距離感は勿論様々なんですが、私の家がある場所はすぐ裏が山で、海からは1キロもあるかないかくらいでしょうか。

海へは、容易に行ける距離です。

いつここまで水が来るのかと、恐ろしい時間を過ごしました。

 

幸いな事に、港付近・海に面している場所のみの水没だけで済み大きな被害に繋がるような事はありませんでしたが、そんなのはたまたまだと思っています。

そして、これもたまたま私はその時帰省していたので、家族と一緒に過ごす事が出来ました。

もしその日帰省していなかったら、海の町に住む両親の事が心配でいてもたってもいられなかったと思います。

あの日、偶然にも実家にいられた事はラッキーだったと思っています。

 

離れた場所でもあれだけの恐怖を感じたのだから、東北の人達の恐怖は計り知れないものだったと思います。

そんな事を私がいくら言った所で何も意味を持たない事も理解しています。

海沿いが水没したとは言え、離れた所にいる者が言葉だけで表せられるようなものではないと。

 

 

私はその数年後に、胆振東部地震で震度6を経験しています。

ブラックアウト・長時間の停電、物資不足、仕事にも行けず大変な時間を過ごしました。

震災は、憎い相手ですがぶつけどころもなくて、何も出来ないのがもどかしいです。

根絶する術なんてないんでしょうね…

いつの日か遠い遠い未来、自然災害を止める為の技術がこの世に生まれれば…なんておかしな事を考えてしまう時があります。

 

 

3.11の時、ユニットSky Blueで悩んだ末に公開を決めた曲がありました。

これも偶然なんですが、ちょうどそのドンピシャの時期に新曲を発表する予定があり、その曲はこれもまた偶然、応援ソングでした。

当事者達にとって、音楽なんてその時に何か力になれるのかと言ったら現実的な話何の力もなく、それどころか耳障りだ迷惑だと感じられてしまう可能性だって大いにあるものだと私は思います。

それでもやっぱり、だからと言って何もせずにはいられないという事で話がまとまって、震災の2日後にその曲を公開する事に。

個人的には、希望を込めた事は間違いないですが、今はどのように受け止められても仕方ないと思いました。

そして、それを承知の上で公開しました。

今は無理でも、いつの日か希望を持って前に進めるように。

 

綺麗事なんて百も承知で、実際何かの役に立ったのかなんて私にはわかりませんし、それを知る為に行動していたわけでもありません。

ただひたすら、今がとにかく少しでも良くなれと、少しでも前を向いてほしいと、願わずにはいられない自分がいた事が事実でした。

それは心からの思い。

 

ここは世界から見たら豆粒のような小さな島国で、離れているようでも、本当は国民全員が狭い狭い陸地に身を寄せ合って生きている一つの小さなチームだと私は思っています。

 

無名のユニットに大きな力はありませんが、何か小さな事でも行動する事は、何もしないよりは何かが変わる可能性が0.1%でも上がるから…

小さな小さな一つのチームに希望の風が吹きますように。

そんな思いを持ち、思い切って公開に至った。

そういう背景があります。

 

 

youtu.be

 

楽器の経験

 

これまで生きてきた中で経験した事のある楽器は何だろうと、ふと考えました。

授業でやったリコーダーだとか、イベント系で臨時で触れたような楽器類は除くとして😅

所持していたものや、長期で経験していたものに限りますが…

 

 

・キーボード

・ギター(主にアコギ)

・ホルン

・トランペット

・ハーモニカ

・オカリナ

 

 

オカリナ!??って感じですが😅

 

元々父が持っていて、使わなくなったとの事でもらいましたね笑(ちなみにハーモニカもです)

オカリナ奏者の宗次郎さんの曲を真似して吹いてみたりとかしていました。

父が持っていた宗次郎さんのアルバムがとても良くて、私も好きでよく聴いていました。懐かしい。

 

 

音楽活動を長期でやっている為か、ピアノが弾ける人だと思われがちなんですが、実は私は鍵盤系は一切ダメです😅

弾けるのは本当にねこふんじゃったくらい。

小学校低学年くらいから、それなりにちゃんとした結構立派なキーボードを持っていたんですが、習っていたわけでもないので全く弾けず……楽譜も全く読めなかったし💦

ピアノが弾けない事を理由に音大を諦めました。

入学する為なら頑張ろう!とも思う事が出来なかったくらい、鍵盤は超苦手です💦💦

 

 

ギターは小6の時に父の持っていたクラシックギターに触れたのが最初でした。

父の弾く「禁じられた遊び」に強く強く憧れました。

父がうまいとかどうとかは関係なく、父のはじく弦の音の一つ一つが(ものすごくおかしな表現かもしれないんですが)キラキラして聞こえて、音というよりは光とか艶みたいなものとして自分の感覚が受け止めていた…

そんなイメージです。

頭がおかしくなったのかと言われそうな表現ですが、小6の私は本当にそんなふうに感じていました。

ギターってすごい!!と心の底から思いました。

禁じられた遊び」をどうしても弾けるようになりたくてたくさん練習して、途中の転調前までは何とか弾けるまでに…

転調後からは何が何やらサッパリで弾けませんでしたが🤣🤣

中学生になってから、自分専用のアコギと教本を親が買ってくれました。

コードの練習を始めて、そこからハマったのは弾き語り。

当時「ソングコング」という、ヒット曲の歌詞とコードが表記された分厚い音楽雑誌みたいなものがあって、それを買い漁って色々な曲を練習した記憶があります。

友達と「ゆず」の弾き語りをして遊んでいたのは良い思い出です😊

大人になってからはあまり弾く事はなくなったのですが、5年程前に職場のイベントで一度、村下孝蔵さんの「初恋」の弾き語りをやりました。

 

 

ホルンとトランペットに関しては、吹奏楽部での経験です。

ホルンは2年間、トランペットは1年間。

トランペットってたったの1年しかやっていないのか…と、もっと長い間吹いていた気がするくらい、定着していると言うか馴染んでいるという感覚です。

ホルンは、それはそれは苦労したという記憶が一番強いです😅

ギネスにも登録されているくらい、とても難しい楽器なんですよね。

でも、あの音色は他の楽器にはない特別な響きを持っていると思います。

ホルンもトランペットも、これまでの人生の中でたったの3年間の中でしか吹いていないとは思えないくらい、今でも体が感覚をはっきりと覚えているのが不思議です。

それぞれの楽器の持ち方、吹く時の口の感覚と、必要な息の量。

全てを鮮明に思い出せます。

今いきなり何の前触れもなくホルンやトランペットを手渡されても、正しい持ち方・構え方を瞬時に出来る自信があります。

さすがに運指はもう覚えていないんですけど、それぞれの楽器の楽譜の読み方はまだ覚えています。

どの位置の音符が何の音なのか。

私がやっていたホルンはシングルのF管というやつでした。

トランペットはB♭。

それぞれで楽譜の読み方が違いますが、どちらも覚えています。

まぁそれは調さえわかっているなら楽譜は読めるのも当たり前っちゃ当たり前かな😅

とはいえ、遥かなブランクがあるにも関わらず不思議な感覚です。

 

 

昨年再会した当時の顧問の先生にもお伝えしたんですが、私にはささやかな願いがあって、死ぬまでにもう一度だけトランペットを吹いてみたいなあと思っていたりします。

もちろんホルンでもいいんですが。

ホルンはかなり高いので、まぁ何とか手が届くであろう範囲のトランペットを…と言っているだけの事で🤣

先生曰く、私と同じような理由で大人になってから楽器を再開する人はたくさんいらっしゃるそうで。

是非また楽器を吹いて欲しい、と先生も仰っていたので、そういう日がいつか来るようにと私も願っています😊